バイクに乗ることがプロライダー以外で仕事になると私が初めて知ったのは、確か18か19の頃。神戸モザイクの書店で手に取った国井律子さんの本だった。賑やかしいポップの並ぶ本棚の平積みコーナーにあった文庫本。表紙には口語体のタイトルと、女性と、バイク。「こういう仕事があるんだ……」物凄い衝撃だった。そしてなんと数奇な縁なのか。その数年後わたしはまさにそのときの本の出版社、エイ出版のバイク雑誌BikeJINの当時の編集長に拾われることになる。

私には、ここになら移住できる、と過去に思った土地が2つある。ひとつは20代の前半、テレビ取材で訪れた台湾。雲に太陽を隠された九份の雑多でミステリアスな雰囲気に不思議な親しさを感じ、いろんな食べ物の匂い、その似た雑踏と湿度に触れる度に今でもあの情景を思い出す。

そしてもうひとつはマン島だ。マン島TTレースの観戦スポットとしても著名なクレッグ・ニー・バーで、プレスビブと渡航直前に日本で買ったnikonを抱えながら食べたマフィンは人生で一番美味しくって、そして紅茶はだいたいどこの店でもティーバッグがマグに浸かったまま出てきた。レース取材で訪れたはずのあの土地を思い出すとき最初に浮かぶのはそんな、現地で見て食べて暮らした2週間の日常の景色。

どうやら結局そういうことらしい。バイクが仕事になり、シートの上から旅を知り、世界を見、土地の味を知り、たくさんの縁をもらって、母にもなれた。いつくかのターニングポイントでもしかしたら私は人を驚かしてきたのかもしれない。けれど突拍子もないように見えたかもしれない選択も、私にとっては自分が過去に置いてきたパズルピースを組み合わせて自ずと現れた道の中にいるだけで、そこに迷いはなかった。でもそう思えるのはきっと周りの仲間が、先輩方が助けてくれていたからだ。みんなありがとう。乗り物がつないでくれた今の私は、愛すべき乗り物たちとの伴走が必要な人種だ、そうきっとアナタも。

今年三度目の年女となった私に乗り物たちはまた、新しい挑戦を運んできてくれた。8月の下旬から軽井沢に新オープンするSHINICHIRO ARAKAWAの週末のお店番を任せてもらえることになったのです。出店計画を聞いているうちに自ら立候補したこのチャレンジ。本当にやってみれるのか少しだけ悩んだ時に頭に浮かんだのは、10年近く前に見た三好礼子さんのモノクロ写真、当時の彼女のカフェに飾ってあった砂漠の中でたたずむ美少女に一瞬で引き込まれた。そして今のレイコさんのとてつもないチャーミングさ。松本で営むペレファカフェのことも実に楽しそうにお話してくれる。あぁ私もこれからこの先もワクワクすることをやっていきたい! 心は決まった。新しいこのパズルピースは私の未来をどう面白くしてくれるのだろう。

2020年8月23日(日)オープン予定。軽井沢ICからバイクで10分ぐらい。カナリアイエローの壁が目印【canarino】です。おこしいただける際は体調や距離などご無理は絶対にせずお願い致しますネ。(注:2020年8月17日時点での情報です)

PROFILE
多聞 恵美/ 1984年うまれ。バイク媒体を中心にモデル・ライター・ライダー=モデライダーとして活動。バイク特化MC育成の「松下塾」講師も務める。グルメツーリング紀行「多聞恵美のうまいもん好っきゃモン!」BikeJIN(エイ出版)にて13年目の連載中。DAINESEアンバサダー。
Twitter @tamonmegumi
SHINICHIRO ARAKAWA

Booyah Vol.6より