ボクらには50ccスポーツバイクがあった。

それほどオートバイには興味がなかったけれど、周りで原付免許を取る人が出てきて、じゃあ自分も取ろうかという軽いノリで16歳になって原付免許を取った。そうなると乗りたくなって、何年も納屋で眠っていたというホンダCB50JX-Iを友人から譲ってもらった。

もうヤマハRZ50、ホンダMBX50、カワサキAR50など原付自主規制いっぱいの2ストロークエンジンの最強7.2PSモデルも存在したが、あまり知識もなく。なんといってもピカピカで3万円という格安なのが魅力で購入を決めた。パワフルで原付ながら100km/hまで普通に出た2ストロークマシンと比べると、4ストロークOHC単気筒2バルブはやや非力だったけれど、オートマチックではなく、ちゃんとクラッチレバー操作をして左足で変速する、少年にとって立派なオートバイだった。

はじめての感動は忘れない。なんてったって上り坂でも自転車のようにハアハアいいながらこがなくていいのである。とても小さかった行動範囲が大きく広がった。ガソリンが続く限り遠くまで行ける。思い立ったらいつでも日本中のどこだっていけるというワクワク感がたまらなかった。私とパッソルDに乗る友人とふたりで、はじめて育った大分県から隣の宮崎県に入ったとき自分たちの意思で越境したという達成感ときたら。子供から大人になるボーダーラインを越えた気がした。うれしくて県境をバックにふたりで握手した記念写真を撮ったっけ。

オートバイの知識も乏しく、乗り方もメカについて何もしらない。今思えば古くて空気もちゃんと入っているかもわからないタイヤでむやみにコーナーに飛び込むから、すぐに転んだ。気がつくと路面の上を滑りコースアウト。目の前は草だらけ。そんな初めての転倒から、はじめてのガス欠、はじめての故障、はじめてスピード違反で捕まって、はじめて遠くの草原へ行って、その間にはじめてフラレた。いつも一緒だった。ヒマがあると、ヒマがなくても、とにかく目的地も理由もなくただ走り回った。

禁止されていたけれど、高校への通学にも使っていた。住んでいたのは超がつく田舎だったので、片道16kmくらいの間には立派な峠があり、ワインディングを攻める毎日。RZ50に乗った友人と毎日おっかけっこをしていた。むこうはモノクロスサスを備える水冷2ストロークで、最高出力7.2PS/9000rpm、最大トルク0.62 Kg-m/8000。CB50JX-Iは6.3PS/10500rpm、0.43 Kg-m/9500rpm。非力だ。どうしても上りでじわじわと置いていかれる。エンジンの中ではずれたナットが転がっているんじゃないかってくらいガラガラいうボロいRZ50に勝てないのが悔しくて悔しくて。腕の差ではない(と信じる)。オイル交換なんてせずにいつもスロットル全開につぐ全開がたたったのかエンジンが壊れた。

それがCB50JX-Iとの別れだった……。納屋で眠っていた車輌だったからか、整備不良だったからか、始動にはクセがあって、キックを踏み降ろしてからひと呼吸おいてスロットルを開けないとエンジンがかからない。だから他の人はかんたんにエンジンをかけならない。自分しか動かせないってところが好きだった。思い出と思い入れはたくさんだったけれど、修理をせずに廃車にして──────すぐに中古のRZ50を買った(笑) 負けたくないから。

こうして私はライダーになった。70年代から80年代にかけて、同じように原付スポーツモデルからオートバイにハマった人は多いはずだ。200馬力オーバーの車輌の強烈な加速を味わったり、スピードメーターで300の数字を確認しても、非力なCB50JX-Iで走り出した頃のドキドキにはかなわない。たぶん、排気量が違えど、現代もこういう体験をしてオートバイ乗りが生まれるんだと思う。興奮して、楽しくて、時には痛くて切なかったみなさんの“はじめて物語”はどんなのでしたか。

1976 HONDA CB50JX-I
 SS50の後継モデルとして1971年にCB50を発売。SS50はスーパーカブのように前傾したシリンダーのエンジンだったが、CB50は直立したシリンダーの空冷単気筒エンジンでオートバイらしい成り立ちが魅力だった。その後、1973年にホンダ初となるテールカウルを装着したCB50に、フロントがドラム式から機械式ディスクブレーキになったCB50JXが追加。そして6PS→6.3PSに出力を上げて、よりカフェレーサースタイルにしたCB50JX-Iが1976年に販売された。このエンジンはその後エイプシリーズまでつながる。CB50シリーズの最後をかざったのは、フロントディスクブレーキを機械式から油圧式に変更したCB50Sだった。4ストロークエンジンにこだわったホンダだったが、ライバルのよりパワフルな2ストロークエンジン車がマーケットの主流となり、ホンダも空冷のMB50、水冷のMBX50といった2ストロークエンジン車に主役をチェンジした。

1971 CB50

CB50JX-I SPEC
全長✕全幅✕全高:1790mm✕665mm✕950mm/軸距:1175mm/車両重量:83kg/エンジン型式:空冷4ストローク OHC単気筒
/ボア・ストローク:42.0×35.6mm。/排気量:49cc/最高出力(PS―rpm):6.3―10500/最大トルク(Kg-m―rpm):0.43―9500/始動方式:プライマリキック式/変速:5段リターン/燃料タンク容量:8.5L/タイヤサイズ:2.50-17-4PR、2.75-17-4PR